春の心はのどけからまし

関市の桜もようやく満開。ランニングがてら夜桜を満喫してきた。普段から走りまわってるおかげで穴場は分かってる。吉田川や関川は何はともあれ、道路ではなく川岸の歩道まで降りるべし!階段を知らずに道から見てる人が多い。関川は平和通りをまたぐ歩道橋から眺めるべし!みんな歩道橋なんて渡らないから知りますまい。

ところで桜といえば数年前の安住紳一郎の日曜天国で紹介されてた短歌。「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」古今和歌集にも載っている、在原業平(ありわらの なりひら)の歌だ。調べたら、この人、官位は美濃権守でもある。意外な接点。もし世の中に桜の花が無かったならば、春はどんなにのどかであろうか。千年以上前から桜の季節は大騒ぎだったようだ。反実仮想のお手本のような「○○せば・・・まし」、「もし○○だったならば、・・・だっただろうに」「If I were ○○,I would ・・・.」と一緒。

この歌、文字通り花見だ何だで大騒ぎして嫌だなあ、静かに暮らしたいなあ、という意味くらいに思っていたら、さすが平安時代の歌人、花見の話ではなかった。桜の花を見るたびに、色々な思い出が蘇り、楽しかったことや悲しかったことを思い出し心が揺れ動いてしまう、桜の花が咲かなければ穏やかな心で居られるのに、ということらしい。深い!恐れ入り奉る。

でもまあ、桜いいよね。明日もう一回見て来よう。

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